非常階段東京Tokyo Twilight Zone

20022008
非常階段東京

非常階段から東京の街を撮影している。非常階段からの眺めは、あらかじめ設定されている観光名所などの展望台からの眺めとも、パソコンで簡単に見ることが出来る衛星写真の垂直な視線とも違っている。街を歩き回り場所を見つけるといった肉体の運動を通して初めて獲得できるパーソナルな視点であり、高さも10階前後の中途半端な高さのため、街を見下ろすというより、水平に対峙して見る感じになる。またこの高さからだと洗濯物が写ったりして人の生活している気配が残るところが面白く感じられる。

非常階段の多くは裏通りに面しているため、東京の裏の顔が見えてくる。誰も来ない忘れ去られた階段から見た東京の裏風景はエロチックで、撮影のたびにいつも興奮させられる一方で、自分は東京の風景を見ているつもりで実は何も知らない、ということに気付かされる。

撮影は人工光と自然光が混じりあう夕方から夜にかけての時間帯に行う。新しいものと古く黄昏ていくものが同時にうごめき、常に曖昧な状態にある都市が最も美しく姿を現す時のように感じるからだ。夕刻と夜の狭間の時間であり、同時に、人々が生活する居住地区と商業地区が混ざり合った場所。トワイライト・ゾーンと呼ばれるその中間的な時間と空間が目の前に静かに広がっている。その時間の色や光を細部まで克明に捉えるために、撮影は空気の澄み切った真冬を中心に大判カメラで行い、自分でネガフィルムからプリントしている。プリント作業は肉眼で見た風景とはまた違った色や光を再構築する作業であり、1枚仕上げるために数日を要することも多い。

撮影場所を探すために昼間はロケハンをする。地図を見ながら観光地でもない見知らぬ街をさまようことは疲れる作業だが、面白い場所を見つけた時の感動はその分大きい。いつも密度の高い風景を探しているが、密集している所にも面白く感じる場所とそうでない場所がある。雑然とした中にリズムや秩序のようなものが見出される場所は面白く感じる。美のためではなく必要性に基づいて作り上げられた街並みを少し高いところから見ると、地上にいるときには気付かない力強く美しい形を創りあげていることがあり、その無意識の力に感動する。人間によって造り上げられた街が醸し出す猥雑な力。それは黄昏から夜にかけての時間帯に光の動きとなって、より明確に姿をあらわすのだ。